2007年10月10日

知覧特別特攻隊

先週末、念願だった鹿児島県知覧町に行ってまいりました。

知覧は先の太平洋戦争時に、戦況悪化が増すなか沖縄防衛戦として、
特別特攻隊の基地となったところです。

美ヶ原・鹿児島 040.jpg

現在では、これを鎮魂する目的の碑と
若き特攻隊員の遺書などが展示されている
平和会館が存在します。

 
美ヶ原・鹿児島 046.jpg


私はこの特攻平和会館に保存、展示されている遺品や遺書を
この目で見たいと思っていました。
 


命を賭してまで守るもの、得るものは何なのかという疑問です。
 


特攻隊員の多くは20歳前後で最年少は17歳だったそうです。


遺書はいずれも達筆で、家族に宛てた手紙には
感謝と謝罪の言葉がつづられていました。
 


本当に無念です。
 


彼らは、親、姉妹を守ることが、
国を守ることにつながると信じていました。
 

戦後60年が経った現在、連合艦隊司令長官の山本五十六や
硫黄島の総司令官の栗林忠道などが
既に敗戦を覚悟していたと知られています。
 

それでは、なぜ彼らは死ななければならなかったのか、
戦争責任はだれにあるのか、
うやむやの平和を過しています。
 


下の写真は「薩摩富士」と呼ばれる開聞岳です。
特攻隊員は知覧を飛び立ち、この薩摩富士を左手に見て敬礼し、突撃したそうです。
 美ヶ原・鹿児島 062.jpg  


PS.そのほか島津藩の武家屋敷や、井上誠一設計のいぶすきゴルフクラブ、指宿温泉の砂むし風呂も堪能してまいりました。


下の写真は、高倉健主演の映画「ホタル」の舞台になった富屋食堂

美ヶ原・鹿児島 047.jpg
posted by Terry at 16:24| 埼玉 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 出来事・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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